今日感じたコトを気ままに

日々感じた事を、気まぐれに書いていきます。

あれから2年

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2年前の8月29日。45歳の時。

夜、仕事の帰り道、横断歩道を歩行中に車に轢かれた。左距骨を脱臼、そして骨折。

41歳、43歳、45歳と、最近なぜだか2年毎に試練がやってくる。

打撲で済みそうな程度の事故だったが、どうやら衝突時に車に乗り上げ、着地の時に左足をひねったらしく見事に骨折。とにかく激痛。

足は全く動かない。救急車で病院へ。

夜勤の医師がひと通り診察した後、整形外科の医師に電話。後に主治医となるその整形外科の医師は、帰宅途中だったのか飛んできた。

医師: 距骨という骨が折れています

私: きょ、きょこつ?(聞いたことない。。)

医師:体の中で一番厄介な骨が折れています

私: ???(よくわからない。。)

医師:すぐにでも手術しないと脱臼の整復が難

   しい。骨も血流が阻害されて付かなくな

   る。24時間以内にできるだけ早く、夜

   中でも局所麻酔で手術します。いいです

   か?

私: はあ。わかりました(大ごとなの??)

医師: 骨折箇所を固定する金属プレートや、

   スクリューが県内のどの病院にも準備が

   ありません。滅多に折れない骨なので。

   大阪から輸送してもらい、届き次第緊急

   手術です。

私: 歩けるようになりますか?スポーツは?

   走ることは?

医師:うーん。。歩けるようにはなると思いま

   すが、年単位の時間が必要になる可能性

   が高いです。走るのはちょっと。。なん

   らかの後遺症は残ると思います。。

私: ...(無言)

 

結局、大阪から届いたのは翌日の昼過ぎ。なんとか24時間以内に手術終了。

脱臼整復の為に、折れていないスネの骨まで切断する羽目になった。

詳しい説明は長くなるので割愛するが、聞けば聞くほど、厄介な骨が折れたのだと思い知らされる。足首を動かすための滑車の役割になる距骨。歩くため、体重を支えるため、バランスをとるための大事な骨。

どんなに順調でも骨が付くまで半年、5、6年の可能性もあると言われた。

医師は最悪のケースを説明する。今回もそうだと思っていたけど、いつ、何度聞いても同じ説明。

2ヶ月半の入院中、大丈夫ですよ、みたいな希望を持たせる言葉や、楽観的な言葉は一切言わなかった。

装具を着けての退院。ないと歩けないし、骨が付くまでは体重を掛けられないので、必須。

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装具は最低1年半位は使う事になるでしょう

これからが長いですよ

 ー退院時の主治医の言葉

 

な・の・に、なんと1ヶ月後に骨折箇所の癒合を確認。受傷から約4ヶ月、主治医もかなり驚いていて、装具を外して全荷重のOKが出た。

ここからが本当のリハビリ。正直、リハビリが一番辛かった。

左足は全く使ってなかったので筋肉はない。足首はもちろん、左足全体が筋肉も関節も萎縮している。急に鍛えてもダメ。動かそうと頭で命令は出してるのに、足に伝わらない。

私の左足は動く事を忘れてしまっていた。

それでもリハビリに通い、自宅でも毎日言われたメニューをこなした。骨折の日から1年半以上かかったが、ほぼ元通りに歩けるようになり、走る事もできる。後遺症もない。

もし骨折の癒合までもっと時間がかかっていたら、今回以上にリハビリも大変だっただろうし、後遺症もあったかもしれない。幸運だった。

主治医から、骨は癒合しているけど念のため受傷から2年は様子を見たい。と言われていた。

今日無事その2年を迎えた。

足の中には、まだ金属プレートやスクリューが残っている。大事な血管や神経が通っている場所なので抜く方がリスクがある。だから外せないと言われた。そう聞くと、やはりかなり難易度の高い箇所の手術だったのだと思う。

技術も人間性も素晴らしい医師に出会えた。

そんな出会いと、丈夫な骨に産んでくれた両親に改めて感謝したい。

 

あれから2年、幸いにも今年はまだ試練はやってこない。何事もなく過ごせますように。